大阪地方裁判所 平成6年(わ)225号 判決 1997年9月17日
主文
被告人両名をそれぞれ懲役一〇月に処する。
被告人両名に対し、この裁判確定の日から二年間、それぞれその刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人山本信雄は、大阪市北区万歳町四番一二号浪速ビル所在の土木建築業日特建設株式会社(以下「日特建設」という。)大阪支店に勤務し、同支店が大阪府から請け負った大阪府東大阪市荒本北三〇番地所在の大阪府営住宅の建て替え工事である「大阪府営東大阪春宮第一期高層住宅(建て替え)新築くい工事(第四工区)」(以下「本件工事」という。)の現場所長として、被告人久保田好男は、東京都中央区銀座八丁目一四番一四号所在の日特建設東京本店に勤務し、本件工事の主任技術者として、被告人両名はともに、同府及び下請け業者との間で本件工事の進行状況の打合せ及び工事関係書類の整理など本件工事全般を掌理していたものであるが、本件工事に関し、大阪府から工事完成払金の支払いを受けるためには、その前提として大阪府の係員の完成検査を受けてこれに合格し、検査調書を作成させなければならないところ、真実は、本件工事現場から排出され、資格のある収集運搬業者及び中間処理・最終処分業者に正規に処理させた汚泥が大阪府の積算量(約五二二立方メートル)の一割にも満たない合計約四五立方メートルにとどまったため、これをそのまま申告した場合には、汚泥の処理が適正に行われておらず、ひいては本件工事が契約書や設計図書に従って履行されていないのではないかとの疑いを大阪府の係員にもたれて、完成検査に合格せず、検査調書を作成してもらえないことから、右数量を偽り、あたかも五二五立方メートルの汚泥を関係法令に基づき場外搬出処分したかのように装い、大阪府の係員の完成検査に合格を得て検査調書を作成させた上、大阪府から工事完成払金を騙取しようと企て、右工事の下請け業者である泉州イワタニ株式会社代表取締役片岡健晤及び大阪環境事業協同組合代表理事共田光弘こと黄光宏らと共謀の上、あらかじめ、五二五立方メートルの汚泥が正規に処理された旨記載された内容虚偽の建設業汚泥排水処理券(以下「処理券」という。)を作成した上、平成四年四月三〇日ころ、本件工事現場所在の大阪府監理事務所内において、大阪府技術吏員で本件工事の完成検査の検査員であった田花嘉則に対し、右処理券を真正なもののように装って提出し、同人をして、五二五立方メートルの汚泥がすべて正規に処理された旨誤信させ、本件工事は適正に行われた旨の検査調書を作成させ、さらに、同年五月六日ころ、日特建設大阪支店長和田良興名義で、工事完成払金として七二八八万円の支払いを大阪府知事に対し請求し、同検査調書及び右工事完成払金請求書の送付を受けた大阪府建築部建築監理課課長代理高橋恒夫をして前同様に誤信させて工事完成払金の支払いを決裁させ、よって、同年六月五日ころ、大阪府出納室決算課支払係係員をして、大阪市北区角田町一番一号さくら銀行大阪北支店の日特建設株式会社大阪支店名義の当座預金口座に、工事完成払金として七二八八万円を振替入金させ、もって、これを騙取したものである。
(証拠の標目)省略
<証拠名下等の括弧内の漢数字は、記録中の証拠等関係カードに記載された証拠番号であり、検とあるは検察官請求のものを、弁とあるは弁護人請求のものを示す。>
(事実認定の補足説明)
一 まず、前掲各証拠によれば、
<1> 被告人両名の職務内容が判示のとおりであること、
<2> 本件工事に関し、大阪府から工事完成払金の支払いを受けるためには、大阪府の係員の完成検査を受けてこれに合格し、検査調書を作成させなければならないこと、
<3> 本件工事に先立って大阪府が見積もった排出汚泥量は約五二二立方メートルであったところ、現実に右工事現場から排出され資格のある収集運搬業者及び中間処理・最終処分業者に正規に処理させた汚泥は、約四五立方メートルであったこと、
<4> 被告人両名が、判示のとおり、下請け業者らを通じて、正規に処理した約四五立方メートル分を超える架空の処理券を作成してもらった上、平成四年四月三〇日ころ、完成検査の検査員に対し、右内容虚偽の処理券を真正なもののように装って提出し、右検査員は、本件工事は適正に行われた旨の検査調書を作成したこと、
<5> 判示のとおり、同年五月六日ころ、日特建設大阪支店長名義で、大阪府知事に対し、工事完成払金として七二八八万円の支払い請求がなされ、同府担当者の決裁を経て、同年六月五日ころ、右支払いがなされたこと、
以上の事実が認められ、これらの事実については、弁護人も特に争わない。
二1 ところで、検察官は、変更後の訴因中、完成検査の合否に関する部分の趣旨は、<1>正規に処理された汚泥が約四五立方メートルにとどまった事実のみでも、本件のような内容虚偽の処理券の提出が発覚していれば、完成検査に合格せず、<2>さらに汚泥の不法投棄の事実があった場合には、なおさら右検査に合格しない旨の主張であるとする(第二二回公判期日における検察官の釈明)ので、ここで<2>の不法投棄の事実の有無について検討する。
2 関係各証拠によれば、本件杭工事においてとられたアースドリル工法では、掘削した孔の側壁の崩壊を防止するため、安定液を使用するが、孔から排出された安定液は、排出された時点では土砂などが混合した汚水状になっており、これは汚泥としていわゆる産業廃棄物にあたるものであること、しかし、右の排出された安定液は、これをタンクに貯蔵し、そこに沈殿した土砂を除いたものに別の安定液を補充すれば、再利用が可能であること、そして、日特建設の下請けである泉州イワタニの施工した杭工事においても、右のとおりの方法で安定液を補充して再利用をし、最後の杭工事の孔から排出された安定液については産業廃棄物として資格のある収集運搬業者らによって適法に処理されたが、他方、タンク内に沈殿した土砂分については、最終的にセメント系の固化剤を混ぜて水分を抜いて砂状にしたうえ、掘削現場から出る土砂とともに残土として搬出されたことが認められる(なお、同じく下請けである太陽基礎の施工した杭工事についても、ほぼ同様の方法によって安定液の再利用が行われたが、そこで最後にタンク内に残った安定液は、別の工区で使用するために搬送されたため、ここでは沈殿部分の処理についての問題は生じない。)。
ところで、検察官は、不法投棄の具体的な内容について、右の最終的にタンク内に貯留された安定液のうち、下の沈殿部分が残土とともに投棄されたことをもって、それが不法投棄に当たると主張する(第二二回公判期日における検察官の釈明)。
しかしながら、アースドリル工法の専門家といえる証人柴田泰孝の第一四回公判調書中の供述部分、平成二・五・三一衛産三七各都道府県・各政令市産業廃棄物行政主管部(局)長宛厚生省生活衛生局水道環境部産業廃棄物対策室長通知(弁第六号証)、堺市環境保健局環境保全部環境整備課「建設工事から発生する廃棄物の処理の手引」(弁第七号証)、大阪府・大阪市・堺市・東大阪市編「掘削工事に伴う汚泥と土砂の判断区分について」(写)(弁第八号証)などによると、行政サイドの基準には、掘削現場からの排出物のうち土砂の粒子が七四ミクロン以上のものは産業廃棄物としての汚泥ではないとするものがあり、本件沈殿部分は上を人が歩けるようなものであって、粒子の大きさからすると汚泥にあたらないと解しうること、他方、同じく行政サイドの基準には、不要となった汚泥は、脱水等の処理をしても汚泥に当たるとするものがあるが、「不要」となった時点をどこにおくかは本件当時必ずしも明確ではなく、不要となる前に汚泥から分離されたものは土砂と解する余地もあること、かように本件沈殿部分が産業廃棄物にあたるか否かの基準は、当時の行政サイドの文献によっても必ずしも明確とはいえなかったことなどが認められる。
3 そうすると、本件沈殿部分が産業廃棄物であって、本件のように残土として処理することが不法投棄であるとするには合理的な疑いがあるというべきである。
よって、前記1<2>の検察官の主張は採用することができない。
三 次に、弁護人は、変更後の訴因について、<1>本件における被告人らの行為は、そもそも詐欺罪にいう欺罔行為に当たらない。<2>被告人らには詐欺の故意も共謀もない。<3>また、被告人らの行為をいわゆる権利行使と詐欺という点からみても、社会通念上認容すべき限度を超えた行為とはいえないとして、いずれにせよ被告人らは無罪である旨主張するので、以下、順次検討する。
四1 まず、前記一<4>に記載のとおり、被告人らは、本件工事につき、内容虚偽の処理券を提出しているところ、弁護人は、産業廃棄物を適正に処理することは公法上の義務であって、請負契約上の権利義務とは別個のものであり、また、完成検査は、工事の完成を確認するための検査であるから、工事過程における汚泥の排出量や汚泥処理の適否は、本件工事における完成検査の対象となっておらず、四五立方メートル分の処理券を提出しても結局は完成検査には合格するのであるから、被告人らが内容虚偽の処理券を提出した行為は、大阪府の担当者による工事完成払金支払いの決裁という財産的処分行為との間に因果的連鎖を欠き、そもそも欺罔行為にあたらない旨主張する。
2 そこで、検討するに、関係各証拠によれば、
<1> 本件契約内容は、工事請負契約書(弁第一〇号証)、同変更契約書(弁第一一号証)に定めるほか、設計書及び現場説明事項(弁第一二号証)、特記仕様書(弁第一四号証)、図面(同)、建築工事共通仕様書(弁第一五号証)によって定まるところ、それによれば、本件契約においては、請負代金額を一括して定めており、杭工事によって生じる汚泥処理費や処理量に関する定はないものの、汚泥の処理方法については、前記現場説明事項第11項により、「くい工事にて発生する汚泥は、すべて関係法令に基づき、場外搬出処分とする。」と規定され、また、特記仕様書にもその他として「汚泥処理―特記なき限り関係法令を遵守し、請負業者の責任において場外処分とする。なお、監督員が指示する場合は、処分地への搬入日時、処分時の写真等を報告書にまとめて提出すること」と規定されていること、そして、請負業者は、これらの規定に基づいて、産業廃棄物処理契約書、建設業汚泥排水処理券を大阪府に提出することとなっていたこと、
<2> 完成検査は、本件契約書の二七条二項によって行われ、そこでは検査員が、発注した工事が契約した図面や仕様書などによってそのとおり施工されているか否かを確認するが、当該検査においては、処理券も書面検査の際工事関係の書類とともに添付されており、検査員は汚泥処理について適正に処理されたという報告を受けるとともに処理券が存することを確認しており、このようにして、完成検査の実際においても、汚泥が請負業者の責任において関係法令に従って適正に場外搬出処分がされているか否かについて検査がなされていること、
<3> 検査員の認識としても、汚泥が適正に処理されているか否かは契約の内容で検査の対象であると考えており、仮に処理券が正当なものでなければ、その原因を調査する必要があり、それがはっきりしない間は、検査調書は作成しないこと
などが認められる。
これらを総合すると、汚泥の処理量そのものは完成検査の対象になっていないとしても、汚泥が適正に処理されたか否かについては、本件の契約内容になっており、実際に検査をする検査員が、処理券を確認する過程で処理券の内容が虚偽であることに気づいた場合には、検査員は、その原因を調査する必要があるため、その間、前記のとおり工事完成払金支払いの前提となる検査調書は作成されないこと、すなわち、平成四年四月三〇日の完成検査において合格せず、少なくとも合格が留保されたことが優に認められる。
これに対し、弁護人は、前記1のとおり主張するが、産業廃棄物を適正に処理することが請負契約上の権利義務とは別個のものであるといえないことは右<1>ないし<3>に照らし明らかであり、また、完成検査は、工事の完成を確認するための検査であるから、工事過程における汚泥の排出量や汚泥処理の適否は完成検査の対象となりえないとする点も、完成検査の基準そのものは、本件工事が契約書や設計図書に定める規格どおりに完成しているか否かであっても、工事の過程に不正の疑いがあれば、そのことからさらに進んでいわゆる手抜き工事など工事の結果に疑いがもたれるに至ることは当然であり、その意味で産業廃棄物の処理が適正に行われているか否かもまた、完成検査の基準そのものではなくても、その判断のために調査確認すべきものであるということができ、このように解することは検査の実態にも沿うものであるといえる。
3 以上によれば、被告人らの行為と、工事は適正に行われた旨の検査調書の作成及びその後の工事完成払金支払いの決裁との間には因果関係があるというべきであり、右行為が完成検査の合否とは全く無関係の行為であるなどとして、詐欺罪の実行行為性を否定する弁護人の主張は採用することができない。
4 なお、検察官は、本件において仮に架空の処理券を提出せず、そのまま四五立方メートル分の処理券を提出した場合、完成検査に合格を得られないのみならず、さらに工事代金中の汚泥処理代金部分については実際の処理分である四五立方メートル分に減額されかねない旨主張するが、本件契約において杭工事によって生じる汚泥処理費や処理量については定がないことは前述のとおりであること、大阪府側の本件工事監理担当者であった清王政志の証言中には契約書の一八条を根拠に減額もあり得る旨述べる部分があるものの、本件の場合に工事内容の変更に関する同条項の適用があるかは大いに疑問がある上、他の大阪府の関係者の供述等の関係各証拠を検討してみても、本件において仮に架空の処理券を提出せず、そのまま四五立方メートル分の処理券を提出した場合に、さらに代金額の減額がなされ得るものとまでは認められない。よって、この点に関する検察官の主張は採用することはできない。
五1 次に、四で検討したように被告人らの本件行為は、完成検査に不正に合格し、その結果、工事完成払金を不正に受取ることになるものであって、客観的に詐欺罪における実行行為にあたるものといえるが、弁護人は、被告人両名に詐欺の故意も共謀もない旨主張する。すなわち、被告人両名が、本件虚偽の処理券を作成提出した動機、目的について、被告人両名は大阪府の現場監督員井上洋志から杭工事分の汚泥処理量に関する大阪府の積算量が五二二立方メートルである旨正確な積算量を告知されたため、このように大阪府の積算量と実際の処理量に差があると不法投棄をしているのではないかとの疑いをかけられることを懸念し、大阪府の積算量に見合うように架空の処理券を入手、提出することにしたものであって、要するに本件処理券は右井上からの示唆により完成検査をスムーズに終わらせるためのいわゆる数量合わせのためのものであって、これにより合格しない完成検査を合格させ、これにより工事完成払金を不正に取得する意思はなかった旨主張し、被告人両名も公判段階に至って以後は一貫してこれに沿う供述をする。
2 しかしながら、右の点に関する被告人両名の公判段階における各供述は、<1>本件処理券を作成提出しなかった場合、当該完成検査に合格しなかったことは前記四で認定したとおりであり、したがって、本件行為は、完成検査に不正に合格し、ひいては工事完成払金を不正に受取るという結果を導く性質のものであることからすると、当該行為を行いながらその意思がなかったとする前記供述は、本件行為の右のような性質との関連でそもそも不自然であるといわざるをえない上、<2>関係各証拠によれば、本件処理券の入手にあたっては、日特建設の下請けで本件処理券の入手を仲介した泉州イワタニにおいて、本件処理券を作成した大阪環境事業協同組合代表理事の共田光弘こと黄光宏に対し、処理券作成の報酬ないし手数料として金七〇万円を支払っていることが認められ、このように、虚偽の処理券を入手するには多額でかつ不正な対価を支払わなければならないものであるところ、被告人らにおいて、内容虚偽の処理券の提出の有無が完成検査の合否を左右するものではないと考えていたのならば、わざわざこのようなことをする心要があるとは考えがたいことなどに照らしてもまた不自然であるといえる。なお、大阪府の現場監督員井上が大阪府の汚泥積算量を被告人山本に告げていることは認められるが、右井上の証言によれば、同人は現場で産業廃棄物がどのように処理されているかについては注意を払っていなかったことが認められるのであって、そうすると同人が被告人山本に大阪府の積算量を告げたことをもって、直ちに右井上が汚泥の実際の処理量が大阪府の見積もりを大幅に下回っていることを知りながら、実際に処理もしていない内容虚偽の処理券を不正に用意して提出することまで被告人らに示唆したものと解することは飛躍にすぎるものといわざるをえず、右の事実は必ずしも被告人両名の公判段階の各供述を裏付けるものとはいえない。
3 これに対し、被告人両名の捜査段階における各供述調書は、本件処理券を作成提出した動機、目的について、大要、工事が設計書類に従って行われていないのではないかとの疑いが持たれ、検査での合格が留保されるおそれがあり、その結果、支払いの手続に移行しないばかりか、汚泥処理代金が実際の処理量分に減額されるおそれを感じた(例えば、被告人山本の平成六年二月二日付け検察官調書一項)、あるいは、工事は設計書類に従って行われていないのではないかとか、汚泥は不法投棄されているのではないかという疑いが持たれ、検査での合格が留保された上、その状況について調査を受けるおそれがあり、その結果、請求に対する支払いの手続に移行しないばかりか、排出予定量に満たない汚泥処理代金については実際の処理量である四五立方メートル分の経費に減額・削減されるおそれを感じた(例えば、被告人久保田の平成六年二月七日付け検察官調書四項)とするものであって、これらの各供述調書中には、汚泥の処理量の増減が代金額に影響を与える旨の供述部分が存するなど、関係証拠とそぐわない部分が存するものの、本件行為が、四五立方メートル分の処理券をそのまま提出したのでは完成検査の合格が留保されると考えたためなされたとする点については、前記の本件行為の性質や、本件処理券を手に入れるために不正かつ多額の金員が動いたことなどの客観的事情に照らしても、本件行為を行った動機、目的としては十分自然かつ合理的であって、信用できるものといえる(なお、弁護人は、被告人らの捜査段階における各自白は、被告人らが、連日にわたる取調べの間、犯行を否認しても捜査官がこれに全く耳を傾けてくれなかったことなどから、次第にあきらめの心境となってやむなくしたもので、いずれも任意性がない旨主張するが、被告人らの各公判供述及び同人らを取り調べた警察官らの各証言その他の関係証拠を仔細に検討しても、弁護人の右主張の点を含め、被告人らの各自白の任意性に疑いを抱かせるような事情は認められない。)。そしてこれらの各供述調書に、本件行為の動機、目的について同様の供述をしている片岡健晤や共田光弘こと黄光宏の各供述調書等を総合すると、被告人両名がいずれも詐欺の故意を有していたこと及び右両名と片岡ら共犯者との間において判示認定した範囲で、共謀が成立したことが認められる。
4 よって、被告人両名の故意及び共謀を否定する弁護人の主張は採用できない。
六 最後に、本件においては、以上のように被告人らの行為が詐欺罪における欺罔行為に該当するとしても、本件工事において汚泥の不法投棄が行われておらず、工事が規格どおりに完成しているのであれば、最終的には本件工事完成払金は支払われることになると思われることから、本件欺罔行為は、許される権利行使の範囲内にあるものとして違法性を阻却するのではないかとの疑問も生じると思われ、弁護人もこの点について主張するので付言するに、一般に、他人に対して権利を有する者がその権利を適法に実行したと評し得るためには、その実行が当該権利の範囲内であり、かつ、実行の方法が社会通念上一般に認容すべきものと認められる程度を越えないことを要するところ、本件についてこれをみるに、<1>仮に被告人らの欺罔行為がなく、本件工事の過程で処理した汚泥が四五立方メートルである旨申告した場合、右数量と前述した大阪府の汚泥積算量(約五二二立方メートル)との間の著しい差異等に照らし、汚泥の不法投棄やいわゆる手抜き工事の有無に関する大阪府の検査員らの調査には、相当程度の期間を要するものと思われることからすると、被告人らの欺罔行為は工事完成払金を受け取れる時期を不当に早めたものといえること(弁護人の主張には、施工報告書などを用いて説明すれば、時日を経ず容易にこうした疑念が解消できるようにいう部分もあるが、そうであるならば、そもそも本件のような不正行為を行う必要はないものといえる。)、<2>また、産業廃棄物は工事の過程で生じ、順次処理されていくもので、事後にその処理の適正を確認することは困難であるから、汚泥排水処理券は産業廃棄物の処理が適正になされたことを証明するほとんど唯一の手段といえるものであることからすると、架空の処理券を使った被告人らの本件行為は、その不正を看破することが著しく困難なものであって、欺罔の方法としても巧妙悪質なものといえること、<3>さらに、欺罔の程度も、実際の処理量が約四五立方メートルであるのにその十倍以上の四八〇立方メートル分もの架空処理券を作成提出したものであって、絶対量としても、実際の処理量との相対量としても欺罔の程度は著しいものといえること、<4>本件欺罔行為が、多額の工事代金が支払われる大規模な公共工事において、指名競争入札によってこれを落札した業者の現場責任者らによって行われていることなどの諸点からすると、本件における被告人らの行為が、社会通念に照らして権利実現の手段として許容される範囲内のものであるとは認められない。
(法令の適用)
1 罰条
平成七年法律第九一号による改正前の刑法六〇条、二四六条一項
2 刑の執行猶予
右改正前の刑法二五条一項
3 訴訟費用の負担
刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条
(量刑の理由)
本件は、判示のとおり、大阪府から公共工事を請け負った建設会社の現場責任者である被告人らが、収集運搬業者及び中間処理・最終処分業者に正規に処理させた汚泥量が大阪府の見積もりに比べて極めて少なかったため、そのまま申告した場合には完成検査に合格せず、工事完成払金の支払いの前提である検査調書を作成してもらえないことから、右工事の下請け業者らと共謀の上、内容虚偽の処理券を作成して完成検査の検査員に提出してこれに合格し、検査調書を作成させて工事完成払金を騙取したという詐欺の事案であるところ、被告人らは工事完成払金をすみやかに手に入れるために安易に不正な手段を選び、また、その手口も巧妙悪質なものであることからすると、被告人らの刑事責任を軽視することはできない。
しかしながら、他方、本件では被告人らが汚泥を不法投棄した事実が認められず、本件欺罔行為によらなくても最終的には本件工事完成払金は支払われたであろうこと、被告人らが本件に及んだのは、被告人らに落ち度があったというのではなく大阪府の見積もった汚泥の処理量がいささか過大であったことが主たる原因となっており、虚偽の処理券の作成提出という不正な方法をとったことについては非難を免れないとしても、その数量に合わせることによってすみやかに工事完成払金を受領しようとした動機経緯には酌むべき点もあること、被告人らにはいずれもこれまで前科前歴がないことなど被告人らに有利な事情も相当程度存することを総合考慮すれば、被告人らに対しては、主文程度の刑を科した上、さらにその刑の執行を猶予するのが相当であると思料した。
(出席した検察官 井越登茂子)
(出席した弁護人 石松竹雄 後藤貞人 竹村寛)
(求刑 それぞれ懲役一年六月)
よって、主文のとおり判決する。